
津波を目先の利益や利権の為に葬り,未曽有の惨事の引き金を引いた人達と。
歴史を丹念に調べあげ,科学的根拠をもとに津波を想定し,警鐘を鳴らしていた人。
この4冊の書物は,今の日本の両極を表してると思います。
- 知られざる中世の仙台地方 著者:飯沼勇義 宝文堂
- 解き明かされる日本最古の歴史津波 著者:飯沼勇義 鳥影社
解き明かされる日本最古の歴史津波
- 3.11その日を忘れない 著者:飯沼勇義 鳥影社
3・11その日を忘れない。―歴史上の大津波、未来への道しるべ
- 何故,確実に来る津波から目をそらしてしまったのでしょう。
おそらく,原発の津波対策の中にも同じことがいえると思います。 - 正常性バイアス
- 正常性バイアスは,こころを守る安全弁です。
日常の小さな出来事でビクビクしていては神経が持ちません。
小さなリスクでは反応を抑制し,心の安定を図ろうとする。
これが,
「今まで来なかったのだから,来ないだろう」
「自分の所だけはだいじょうぶだろう」
等と,先入観に囚われ,異常事態でも『正常の範囲』と認識し,対応や判断を誤る心理的傾向の事を言います。
この様に,脳は無意識のうちに学習し,時に異常を正常の範囲に仕分けしてしまうことがあります。
この正常性バイアスの働いた設計思想の基に作られた原発は,日本に何基あるのでしょうか。 - 確証バイアス
- 人間は嫌な事を忘れ,考えないようにする。だからこそ毎日を過ごせる。
この楽観性があるがゆえに,事象を都合よくとらえる傾向があります。
確証バイアスとは,先入観に一致する情報だけを受け入れ,更に思い込みを強化していく心理傾向を言います。
確証バイアスが働くと,結論ありきになるため,さまざまなリスクや危険信号から目を背けてしまい,より事態が深刻になりやすい。
様々な警鐘が発せられてきたなかで,自らが作り上げてきた原発安全神話をよりどころとし,自らの都合のいい情報だけを取り入れ,都合の悪い情報を排除あるいは排斥,或は辛辣な方法を使って社会的な制裁を加えていった結果。
深刻な事故につながったのではないでしょうか。 - 集団同調性のバイアス
- 集団に依存し集団と異なる行動を取り難い心理傾向集団同調性バイアスといいます。
特に「空気を読む」というコンセンサスが君臨する日本人は。このバイアスにかかりやすいと言われています
「津波はタブーなんだ」プロメテウスの罠 2 p20~ - 埋没費用の偏見
- これまでに費やした労力や時間。金銭。資源などに思考を左右され,合理的な判断ができなくなり,リスクやマイナスな行動を選択してしまう。
- 結果の重大性の軽視
- 結果の重大性とはそれが失われた,あるいは損なわれた場合の影響や損害の大きさである。
失うと取り返せない物,つまり命や時間,信用等が最も重大性が高いと判断される
常に科学は進歩し,解き明かされてくる地震と津波のメカニズムの中で,重大な結果を全て金と時間に結びつける経営理念があったのではないでしょうか。
(山と渓谷 2 2016年 より転記+原発部分の記載は僕です) - 原発と大津波 警告を葬った人々 著者:添田孝史 岩波新書
原発と大津波 警告を葬った人々 (岩波新書)
- 「いつくるかわからない津波の対策などしてられるか」と行政。
「津波は来る」
地震学者でもなく,津波の権威でもない人が,独自の研究を基に津波が来ることを予想していたのです。
歴史を遡り,歴史文献を1頁・1頁読み解いていきながら,その時代の生活や文化に想像をめぐらし。
歴史の空白を見いだし,空白の歴史の根拠を津波災害の歴史と推測して行った。
さらに,その推論が正しい事の科学的根拠を見つけて行く。
驚くべき緻密さと想像力,推論を推論で終わらせ無いための更なる探求心を感じる本です。
いつくるかわからない津波。
人一人の時間のスパンでは,そうかもしれないです。
しかし,これらの本の情報は,人一人のスパンでは解決できないぐらい,大きな被害があった事を物語っています。
どういうことかと言うと。
最善の策を講じるため,講じて行くためには,多くの世代がかかわって,構築していく必要があるという事だと考えるべきだという事です。
仙台平野に津波は来ないと信じきっていた僕にとって,3.11はあまりにも衝撃的でした。
そして,「生きてるうちのこんな災害に・・・・」と,思わず口走ってました。
人は迷わないために,どこが迷いやすかを予測しながら,ナビゲーションする。
人は計画を立てる時,そしてその計画を行動に移す時,考え得る情報を集めそれらを参考に,知性を行使して評価や判断を下す。
そのような時の思考は論理的で,リスクのない達成しやすい選択肢を選ぶとされる。
だが実際にはそれほど合理的ではなく,利害や偏見,願望などから,非合理的な評価や判断を下してしまう。
この正しい評価や判断を歪める心理効果が認知バイアスという。
自分は迷う筈がないと言う楽観主義。それらの過信が引き起こす認知バイアスが,様々な道迷いを引き起す。
「今まで大丈夫だったから大丈夫」
「みんなといるから安心」
「嫌な事は起きない」
の様な認知バイアスがはたらくと,根拠のない楽観的な判断や,合理性のない誤った行動をとってしまう。
この認知バイアスが,津波対策全てにおいて働いていたのではないでしょうか。
土木学会・原子力学会など権威の象徴とされる学会は東電・及び電事連の傀儡と化していた事実。
電事連による関係省庁への圧力。
例えば電事連は,通産省を通じて事務局のあった建設省に原発の津波想定(根拠のない想定水位)を上回る水位にならない様圧力をかけていた等。
つまり,現状の原発に都合のいいように策定された水位と言える。
だから東電の言う想定外の根拠は想定自体が根拠のない数値であり,想定外という論理の展開自体が意味をなさない。
実際には,阪神淡路大震災以降,地震・津波への想定は変わろうとしていたにもかかわらず,後戻りした理由は。
東電と電事連が土木学会を利用し,地震・津波の想定を現状の原発に都合のいいように操作していた為である。
土木学会の見解は,その後の日本国内における地震・津波の防災対策に大きく影響を及ぼし,3.11の事態を招いた。
原発の利益のみを追求するために,国の防災対策にまで影響を及ぼした,電事連と東電の罪は大きい。
我々に津波の意識がなかったというのは事実だろう。
しかし,これらの電事連・東電に都合の悪い事実は,ことごとく隠蔽され続けてきた事も事実である。
これらの本を熟読すればするほど,想定外にしていた人々の罪はとても大きいといえるし。
これらの責任を問うていくことは絶対必要である。
想定外であれば責任は問われないという考え方に,納得できる根拠が一つも無いのですけどね。
想定外であろうと,想定内で有ろうと,工作物の持ち主の責任の重さは同じだと思います。